現地調査の実例集

弊社はこれまで北海道から鹿児島まで数多くの現地調査を行ってきました。
ご先祖調査依頼を受け、調査が終了した家系名は以下の通りです。
苗字ランキング上位200位以上を紹介しています。(平成27年1月現在)

あ行か行さ行た行な行
伊藤阿部 加藤木村 佐藤鈴木 高橋田中 中村中島
井上石川 後藤近藤 斉藤佐々木 竹内高木 西村中野
小川石井 金子工藤 清水坂本 高田武田 野口野村
遠藤青木 河野木下 酒井島田 千葉高野 西田内藤
太田内田 菊池小松 杉本篠原 田口土屋 西山野田
大野上野 北村川口 須藤 高山
大塚新井 川崎久保田
市川五十嵐 栗原小林
岩田秋山
大石石橋
は行ま行や行ら行わ行
橋本 前田村上 山本吉田 渡辺
原田 三浦宮崎 山田山口
古川服部 丸山松井 山下横山
星野 松尾松下 吉川山中
松浦 矢野横田
松本

その中から家系史調査の実例をいくつか紹介させていただきます。
現地調査の様子が少しはご理解いただけるかと思います。その奮闘ぶりをご覧ください。
ただし、家系名や個人名は匿名とさせていただきます。


ご先祖様に感謝しています - slideshow

訪ねて来てくれてありがとう 〜北海道 K家〜
北海道のお客様の調査地は多くが本州になります。
東北・北陸地方はもちろんのこと、岐阜県、徳島県、香川県、高知県へ行くこともありました。
祖父母の代までは交流があり、「先祖は石川県から入植者として来た。金沢の本家が遊びに来たことがあった。」という伝承が残っていたりします。
しかし、戸籍を取って初めて先祖の出生地を知ったという方も少なくありません。

北海道のK家は戸籍調査から石川県の漁村であることが分かりました。 もちろん、Kさんは石川県との交流はなく、菩提寺や墓地も知りません。
ここでポイントとなるのが苗字と家紋です。
聞き込み調査を進めていくと本家は転居し飲食店を経営していることが分かりました。
本家をお訪ねすると、「趣味を通じて北海道に住むK家のことを知りとても関心を持っていました」と話してくださいました。 過去帳や位牌などの先祖の古記録や伝承を教えてくださり、ご馳走までいただきました。
最後の「訪ねて来てくれてありがとう」という言葉は胸にのこりました。

私の先祖は「天地人」? 〜山形県 K家〜
先祖のルーツを調べていくと、歴史教科書に載るような有名人や事件と関係していることが稀にあります。 山形県のK家はNHK大河ドラマ「天地人」で話題の上杉謙信公の家臣でした。

上杉米沢藩の家臣資料は米沢市立図書館や上杉博物館に残されています。
一つ一つ見ていくと次々先祖の名前が出てきます。 記録によると、上杉謙信公の跡目をめぐって景勝と景虎が争った“御館の乱”では景勝方に味方して、景勝公より感状も賜わっています。
自分の先祖がこのような歴史的大事件に関係しているとワクワクするものです。
その後調査で、先祖の足跡は上杉氏の地元新潟県、そして長野県にあることが分かりました。
上級家臣ともなると史料も増えるし、研究している学芸員や郷土史家もいます。 そのような先生方の協力を受けて約40代、1000年に及ぶ家系をまとめることができました。

先祖もあなたを探している 〜埼玉県 T家〜
様々な事情で親戚関係が疎遠になっている場合があります。 それは数代後も引きずるものです。

埼玉県のT家も親戚関係が疎遠となっていました。
現地調査により長野県の本家を探し出し訪問すると、本家の方でもその分家を探していたというのです。
本家の方が言うには、「東京へ出た分家の行く末を案じて、専門家に調査してもらったが『消息不明』という結果を聞き、がっかりしているところでした」とのことでした。
その後、両家の交流が始まったことはいうまでもありません。
「先祖が引き合わせたんだな」と実感する調査でした。

先祖は応援している 〜岐阜県 N家〜
ご先祖調査において、墓石や過去帳、位牌などの基本資料が全く無いことが稀にあります。

岐阜県のN家は本家が廃絶し墓地もありませんでした。
ここは山間の集落で多くの家が都市部へ転居し、N氏は一軒も残っていません。 さらに寺も火災により古記録を失っていました。
地元の古老と呼ばれる方々にも聞き込みをしましたが、N家のことを全くご存知ありません。
そこで庄屋(名主)を務めた旧家H家を訪ねてみました。
幸いなことに、H家には享保20年から文久2年までの『宗旨人別御改帳』を保存してありました。
しかもH家の方はとても協力的で、奥座敷を貸して頂き3時間ほど古文書調査をさせていただきました。 お茶菓子まで出していただいて、「先祖は応援しているな」と思わずにはいれません。
『宗旨御改帳』は現在の戸籍のようなもの、戸主の襲名名、兄弟関係、縁戚関係などが分かり、 数代前の先祖が庄屋役を務めていたことも分かりました。
結果、11代、300年の先祖の歴史を明らかにすることが出来ました。

苗字はかわります 〜福井県 I家〜
明治初期の戸籍編纂により新しい苗字が生まれました。これを「明治の新姓」といいます。
これにより江戸時代と明治時代以降の苗字が違うという現象が生まれました。

福井県のI家もそのような家の一つでした。
明確な伝承や古記録が残っていれば助かりますが、そういう手掛かりが無い場合はとても苦労します。
これは経験がものをいいますが、いくつかの仮説を立てて検証していくしかありません。
まさに執念です。
I家の場合は近くに同じ名前のI村があり、しかも『宗旨人別御改帳』が残されており、 そこから元の苗字の手がかりを見つけることが出来ました。
「10の家があれば調査方法は10通りある」
「既成概念にとらわれるな」が家系史調査の鉄則です。

夢に先代住職が現れて  〜岐阜県 T家〜
亡くなられたご先祖様を探す作業ですから、よく不思議なことに出会います。
時にはお客様自身が不思議な体験をされることもあります。

岐阜県のTさんもそのような方の一人でした。
私がT家を訪れる前の晩、先代住職が“光輝く本”を出してくれる夢を見たというのです。
占い師でも霊能者でもない私は当然ながら意味はわかりません。
T家の菩提寺は先代住職が亡くなった後は無住となり、寺の古記録の所在も分かりませんでした。
現地調査を進めていくと、偶然が重なって菩提寺過去帳を預かっている方に出会うことができ、 その方のご好意で寺過去帳を見せていただけることになりました。
寺過去帳には慶長年間(1596〜1615)から記されており、しかも命日・俗名・続柄が丁寧に書かれています。
私が「“光輝く本”は寺過去帳のことだ」と思ったのは言うまでもありません。
結果、13代、350年の先祖の歴史を明らかにすることが出来ました。

先祖墓を見つけて涙  〜香川県 N家〜
「感動」「感謝」「愛情」をモットーに家系史作成を行ってきました。
お客様が喜び、感動してくださることが何よりの報酬と思っています。

香川県のNさんも先祖に強い愛情を持っておられる方でした。
現地調査を通じて、不明であった先祖の墓石を見つけることができました。
世代が代わると分からなくなるもので、そこは同じ集落内のとても身近な場所でした。
墓石には戸籍に記されている名前も確認できます。
私は「今回の調査はこの御先祖と出会うためだったんだ」と心の声が聞こえ、自然と目頭が熱くなりました。
となりのNさんも同じ思いだったようです。その目には光るものがありました。

ご先祖様のお導き  〜長崎県 T家〜
家系調査は「墓石に始まり墓石に終わる」といわれるほど、墓地の調査はとても重要です。
墓地位置や墓石の文字情報の重要性は当然のことですが、ご先祖様の不思議な“助け”を感じることがあります。

長崎県のT家は菩提寺が火災により古記録を失い、本家も廃絶し子孫の消息も不明となっていました。
地元の方に聞いてもT家のことはご存知ありません。
さらには村方文書を持つ旧家もありません。
まさに“万事休す”の状況になってしまいました。
夕暮れとなり墓地に挨拶して帰ろうと訪れると、無縁墓に手を合わせる初老の婦人がいました。
声をかけると廃絶した本家墓地を守っているSさんという方でした。
偶然では片付けられない出会いにとても感動しました。
その後、SさんからT家の歴史や伝承を伺い家系図がまとめることが出来ました。

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