苗字の由来

代表的な苗字(名字)の由来と使用家紋を紹介します。

田中氏の由来と使用家紋
「田中氏」は、全国軒数第4位の大姓です。
『都道府県別件数順位』をみると以下の通り、
   ※電子電話帳「写録宝夢巣 Ver.9.01」(日本ソフト販売)より
 北海道(6位)  青森(7位) 岩手(31位) 宮城 (49位) 秋田(23位)
 山形(30位) 福島(32位) 茨城(15位) 栃木(11位) 群馬(13位)
 埼玉(6位) 千葉(7位) 東京(4位) 神奈川(7位) 新潟(10位) 富山(7位)
 石川(3位) 福井(1位) 山梨(11位) 長野(2位) 岐阜(6位)
 静岡(16位) 愛知(8位) 三重(4位) 滋賀(1位) 京都(1位)
 大阪(1位) 兵庫(1位)
 奈良(2位) 和歌山(2位) 鳥取(1位)
 島根(1位)
 岡山(5位) 広島(3位) 山口(2位) 徳島(5位)
 香川(2位) 愛媛(10位) 高知(17位) 福岡(1位) 佐賀(2位)
 長崎(2位) 熊本(1位) 大分(12位) 宮崎(7位) 鹿児島(3位)
 沖縄(―)
全国的に分布しているものの、関西・山陰・北部九州に多く、 大陸から入った稲作文化が早くに定着し、 稲作に適した農地に恵まれた地域に多いことが分かります。
日本の古代史が出雲国・筑紫国、そして大和国に開花した様子を物語っているともいえます。

田中氏の由来と家紋
「佐藤氏」は藤原姓、「鈴木氏」は穂積姓と代表的な出自が明らかになっていますが、 「田中氏」の多くは地名に由来しています。
「瑞穂の国」と呼ばれた日本には、 小田原・神田・新田・太田など「田」がつく地名が多く、その土地に発祥する苗字も多くあります。 全国には「田中」を冠する地名は60ヶ所以上あるといいますが、 小字名を含めれば相当な数になるはずです。

この田中氏の由来について「たんぼの中に住んでいたから、田中になった」とよく説明されます。
その他に「西田」「東田」と同様に、屋敷地との位置関係を示す意味での「田中」。 土地の中心的な所有者であることを示す意味での「田中」なども考えられます。
むしろ、まず地名の「田中」があって、そこに居住したことから「田中」を名乗ったという例が多いようです。
このことから分かるように、由緒や出自が全く異なる田中氏が全国各地に発祥しています。
実際、私が調査した数軒の田中氏も出自では全くつながりませんでした。
「田んぼ」のイメージからでしょうが、田中さんは「うちの先祖は百姓だよ」と話します。

ところが、田中氏には『古事記』『新撰姓氏録』にも記される由緒ある古代氏族もあるのです。
大和国高市郡田中(橿原市田中町)に起こる「田中氏」は、 武内宿祢の子蘇我石河宿祢蘇我稲目の末裔といいます。 百済からの渡来民に田中連公麿がいます。
平安時代以降の京では、嵯峨天皇の皇子が臣籍降下後に嵯峨源氏田中氏を名乗り、 藤原北家摂関家の九条忠家が京都田中(左京区田中)に住んで、田中流九条家を称しています。
石清水八幡宮の祠官紀姓垂井勝清の子慶清が 京都田中(下京区坊門町)を領して田中氏を名乗っています。

地方にも勢力をはったと有力氏族が誕生しています。 列挙すると、
●上野国新田荘田中郷(群馬県新田町田中)におこる清和源氏新田氏流の田中氏と、 清和源氏里見氏流の田中氏
新田氏流田中氏は新田義貞に従って各地を転戦し、北九州・四国・越後などに広まったともいわれています。
●近江国高島郡田中荘(滋賀県安曇川町田中)におこる宇多源氏高島氏流の田中氏高階姓の田中氏。後者の系統からは近世大名筑後柳川藩主田中氏(のち改易)が出ています。
近江には佐々木京極氏流の田中氏や、愛智氏の田中氏もあり、軒数第一位だけあり出自も多彩です。
●美濃国池田郡田中村(岐阜県池田町田中)におこる清和源氏土岐氏流の田中氏
●甲斐国山梨郡田中郷(山梨県笛吹市一宮町田中)に甲斐源氏安田氏流の田中氏
●伊豆国田方郡田中郷(静岡県伊豆の国市)におこる桓武平氏北条氏流の田中氏
●常陸国筑波郡田中荘(茨城県つくば市)におこる藤原北家宇都宮氏流の田中氏
●陸奥国白河荘田中村(福島県天栄村大里)におこる桓武平氏磐城氏流の田中氏
●豊後国大野郡田中(大分県豊後大野市)におこる大友氏流の田中氏
その他にも阿波国海部郡におこる田中氏、肥前国彼杵郡におこる河野氏流と藤原氏流の田中氏、陸奥行方郡から起こった相馬氏流田中氏、播磨の赤松氏流田中氏などがあります。

以上は文献で確認できる主な田中氏です。
小字名の田中に発祥する田中氏も想定されますので、 その系統は把握できないほどの数になると思われます。

このように田中氏は出自が多彩なだけに、家紋も多様といえます。
主な使用家紋としては、「片喰紋」「木瓜紋」「三つ巴紋」「四つ目結紋」「蔦紋」「三つ柏紋」があります。 ちなみに、田中角栄家は「剣片喰紋」だといいます。

伊藤氏の由来と使用家紋
「伊藤氏」は、全国軒数第6位の大姓です。
『都道府県別件数順位』をみると以下の通り、
   ※電子電話帳「写録宝夢巣 Ver.9.01」(日本ソフト販売)より
 北海道(5位)  青森(21位) 岩手(6位) 宮城 (7位) 秋田(4位)
 山形(5位) 福島(12位) 茨城(14位) 栃木(23位) 群馬(38位)
 埼玉(12位) 千葉(5位) 東京(8位) 神奈川(8位) 新潟(12位)
 富山(57位) 石川(54位) 福井(13位) 山梨(17位) 長野(5位)
 岐阜(2位) 静岡(7位) 愛知(3位) 三重(1位) 滋賀(19位) 京都(17位)
 大阪(22位) 兵庫(28位) 奈良(50位) 和歌山(63位) 鳥取(30位)
 島根(7位) 岡山(90位) 広島(20位) 山口(6位) 徳島(165位)
 香川(108位) 愛媛(7位) 高知(32位) 福岡(15位) 佐賀(74位)
 長崎(46位) 熊本(57位) 大分(20位) 宮崎(89位) 鹿児島(―)
 沖縄(―)
東日本を中心に、北海道・東北・南関東・東海地方に多く分布しており、特に三重・岐阜・愛知の3県は集中地域です。 一方、西日本や四国・九州は特に少なく、例外的に愛媛県がベスト10に入っています。
「伊藤氏」は東日本の苗字といえます。

伊藤氏の由来と家紋
「伊藤氏」は「佐藤氏」同様、藤原氏の出自を持つ藤姓苗字です。
最も知られた伊藤氏の由来として伊勢発祥の伊藤氏があります。
伊藤氏は藤原秀郷の末裔、尾藤基景が伊勢守となって 伊勢国に土着したことに始まります。つまり「伊勢の藤原」という意味です。 伊藤氏は伊勢平氏に従い、伊勢国度会郡古市荘を本拠とした伊藤景綱は「保元の乱」「平治の乱」で平清盛に仕え武功を立てています。 その子忠清景家も平家の武将として源平合戦で活躍しています。 さらに忠清の子悪七兵衛景清は幸若舞・歌舞伎に描かれるほどの猛者でした。
平家没落後の伊藤氏は、本拠地伊勢から尾張・三河・美濃を経て各地に広がっていきます。 その様は軒数の分布と一致しています。 武人として生きた者は、各地の戦国大名に仕官し、さらに広がっていくことになります。
名古屋松坂屋を創業した伊藤祐道は、伊勢松坂の出身で織田信長に仕えた武士でした。 後に名古屋城下本町に店を構えて呉服小間物商を始め、これが松坂屋の起源となっています。

明治期の政治家伊藤博文の出自は藤原姓ではなく、伊予の豪族河野氏の末裔されています。
というのは伊藤博文は養子であり、実家は農家の林家、父の林十蔵が萩藩の足軽藤原姓伊藤直右衛門(はじめ水井武兵衛)の養子となり、伊藤氏を称したことに始まります。 旧姓の林氏は越智姓河野通有の末裔で、淡路ヶ峠城主の林淡路守通起であるともいわれています。
これは苗字の出自が変化していく典型パターンの一つです。

「伊東」が変化して「伊藤」になった例もあります。
古くは「音」が重視され、読みが同じ漢字を(意図的か誤ってか)当て字にされたことが少なくありません。
「斉藤」「齋藤」や「渡邉」「渡邊」「渡部」などもそうです。
「伊東氏」は伊豆に発祥する藤原南家工藤氏流で、工藤為憲の末裔狩野維職が伊豆国田方郡伊東に住居し伊東氏を名乗ったことに始まります。
ただし工藤氏流の伊藤(伊東)氏は代表家紋が「庵に木瓜」であるのに対して、伊勢の伊藤氏は主に「藤紋」を使用しており区別は出来そうです。

このように由緒や出自が異なる伊藤氏が発祥しています。 上記以外を列挙すると、
●大和国(奈良県)におこる橘姓十市氏流の伊藤氏
十市遠忠の後、小野忠也が伊藤氏を称すという。
●近江国伊香郡(滋賀県)におこる中臣姓伊香氏流の伊藤氏
由井保房の子盛安が伊藤氏を称すという。
●淡路国(兵庫県)におこる日下部氏流の伊藤氏
●筑前国上座郡(福岡県)の肥後菊池氏流の伊藤氏
しかし、大きくは「伊勢の伊藤氏」と「伊豆の伊東氏」をルーツに持つ系統に集約できそうです。

主な使用家紋としては、「藤紋」「庵に木瓜紋」です。

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