姓氏とルーツの故郷 京都


 毎年多くの観光客が訪れる「京都」、近年は外国人観光客が増加傾向にあり、その人気は世界基準となりました。 米国の旅行雑誌「Travel+Leisure(トラベル・アンド・レジャー)」誌が発表する世界の魅力的な都市を決める「Top Cities」ランキングでは堂々の世界第1位に輝いています。
 「一度は行ってみたい街 京都」 日本人であれば尚更そう思うでしょう。

 とはいえ京都の観光地といえば歴史的な神社仏閣ぐらいしかありません。
 京都は794年に桓武天皇が平安京を造営するまでは一つの地方都市でしたし、京都より古い歴史を持ち特有の文化がある町は他にもあります。
 いったい何に惹き付けられるのでしょうか。
 昔の都だからでしょうか?
 あるいはその街並や風情、日本的な文化や伝統があるからでしょうか?

 私は日本人としてのルーツが京都にあるからだと考えています。
 先祖の歴史を調べてみると直接的あるいは間接的に京都と関係してきます。ある意味「姓氏とルーツの故郷」といえます。
 ここでは京都に残る姓氏とルーツの史跡を紹介します。

嵯峨源氏
 第52代嵯峨天皇の子孫。賜姓源氏の最初で初代は源信(まこと)、源常(ときわ)、源弘(ひろむ)、源融(とおる)である。
 なかでも源融は『源氏物語』の主人公光源氏のモデルとなったといわれる。源融の子孫には渡辺氏がある。

清和源氏
 第56代清和天皇の子孫。最も栄えたのは六孫王源経基の子孫で、武門の棟梁としての地位を固め、源頼朝の代には鎌倉幕府を開く。

醍醐源氏
 第60代醍醐天皇の子孫。第十皇子源高明は左大臣となり、右京四条に壮麗な豪邸を建設し、西宮左大臣と呼ばれた。高明の子孫は院政期まで栄え、多くの公卿を輩出した。

村上源氏
 第62代村上天皇の子孫。致平親王・為平親王・具平親王を祖とする系統がある。なかでも具平親王の子・右大臣源師房の子孫が最も栄え、久我家や中院家を始め10家の堂上家を輩出し、公家源氏の筆頭を占めた。

桓武平氏
 第50代桓武天皇の子孫。桓武天皇の孫が「平朝臣」を賜姓されて臣籍に下る。葛原親王の流れが繁栄し、高棟王流と高望王流に分かれる。高望王流は武家平氏として活躍し、高棟王流は公家として名を残した。

藤原氏
 大化の改新の功績により、中臣鎌足天智天皇により賜った「藤原朝臣」を姓とする氏族。特に藤原北家は摂関家として興隆を極めた。

橘氏
 県犬養三千代が和銅元年(708)元明天皇より賜った「橘宿禰」を姓とする氏族。三千代の子、左大臣橘諸兄の子孫が繁栄するが、藤原氏との政争に敗れ、地方へ散っていく。子孫に楠木正成公がいる。

菅原氏
 野見宿禰を先祖とする土師氏の子孫。古人は大和国菅原邑に住み菅原氏を名乗る。大江氏と並び、子孫は文章道を家業として朝廷に仕えた。子孫に加賀藩主前田氏がある。

清原氏
 第40代天武天皇の皇子舎人親王の子孫夏野長谷が臣籍降下し「清原真人」の姓を賜わったことに始まる。平安時代は中級貴族。

秦氏
 渡来系の古代氏族。「日本書記」では応神天皇14年に弓月君が百済から百二十県の人を引き連れ帰化したという。秦の始皇帝の末裔とも伝える。

安倍氏
 第8代孝元天皇の皇子大彦命の子孫。初めは阿部氏という。飛鳥・奈良時代は大臣級の高官を輩出した。平安時代は陰陽道の家系として栄え、安倍晴明が有名。

和気氏
 第11代垂仁天皇の後孫弟彦王が忍熊王を和気関で滅ぼし、その功績で藤原県を与えられ土着した。備前・美作に栄え、平安遷都を信玄した和気清麻呂が有名。

賀茂氏
 八咫烏に化身して神武天皇を導いたとされる賀茂建角身命を始祖とする天神系氏族。代々賀茂神社に奉斎し山城国葛野郡・愛宕郡を支配。子孫は上賀茂・下鴨の両神社の祠官家となる。

坂上氏
 後漢霊帝の後裔といわれ、第15代応神天皇の時代に帰化した阿智王(阿智使主)を祖とする。平安初期の武人坂上田村麻呂が有名。

小野氏
 第5代孝昭天皇の皇子天押帯日子命を祖とする。近江国滋賀郡小野村(滋賀県大津市)周辺を本拠とした。子孫に遣隋使小野妹子や小野篁がいる。武蔵七党の横山氏は小野篁の末裔である。

伴氏
 天孫降臨時に先導を行った天忍日命の子孫とされる天神系氏族。大伴氏であったが、淳和天皇(大伴親王)が即位するとその諱を避けて伴氏と改めた。

在原氏
 第51代平城天皇の子孫。阿保親王・高岳親王の王子が臣籍降下し在原氏と名乗る。阿保親王流の行平・業平兄弟の子孫が栄えた。

出雲氏

豊臣氏
 天正14年関白となった羽柴秀吉が朝廷から「豊臣朝臣」を下賜されたことに始まる。

宗祖
 天台宗 最澄
  近江国滋賀郡古市郷(大津市)に生まれ、俗名は三津首広野(みつのおびとひろの)。
  唐に渡り天台教学を学び天台宗を開く。
 真言宗 空海
  讃岐国多度郡屏風浦(香川県善通寺市)に生まれ、父は郡司佐伯直田公。
  唐に渡り真言密教を学び真言宗を開く。
        

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