苗字の由来

代表的な苗字(名字)の由来と使用家紋を紹介します。

小林氏の由来と使用家紋
「小林氏」は、全国軒数第9位の大姓です。
『都道府県別件数順位』をみると以下の通り、
   ※電子電話帳「写録宝夢巣 Ver.9.01」(日本ソフト販売)より
 北海道(10位)  青森(37位) 岩手(38位) 宮城 (34位) 秋田(16位)
 山形(16位) 福島(13位) 茨城(3位) 栃木(4位) 群馬(2位)
 埼玉(4位)
 千葉(9位) 東京(5位) 神奈川(5位) 新潟(3位) 富山(23位)
 石川(26位) 福井(5位) 山梨(2位) 長野(1位) 岐阜(22位)
 静岡(14位) 愛知(14位) 三重(7位) 滋賀(12位) 京都(11位)
 大阪(10位) 兵庫(6位) 奈良(28位) 和歌山(36位) 鳥取(10位)
 島根(41位) 岡山(6位) 広島(11位) 山口(26位) 徳島(49位)
 香川(56位) 愛媛(143位) 高知(―) 福岡(39位) 佐賀(65位)
 長崎(55位) 熊本(70位) 大分(136位) 宮崎(115位) 鹿児島(―)
 沖縄(―)
中部日本を代表する苗字です。関東・甲信越地方に多く、そのほとんどの県でベスト5に入っています。 なかでも長野県では第1位の苗字、長野県発祥の小林氏も確認されています。江戸時代の俳人小林一茶も長野県の北国街道柏原宿(現信濃町)の農家の生まれです。

小林氏の由来と家紋
「小林」は小さな林の意味、集落の近くには防風林や防砂林のような家を守る林があります。それが地名となり名字の使われたと考えられます。
小林を「おばやし」と呼ぶ地域もあり、それも含めればかなりの地名数になると考えられます。

主な小林氏の由来は以下の通りです。
●上野国緑野郡小林(群馬県藤岡市)におこる桓武平氏秩父氏流高山党の小林氏
南北朝期、山名氏の執事として活躍し、この系統は丹波国へも広がっています。
●信濃国伊那郡小林村(長野県飯田市)におこる清和源氏満快流知久氏族の小林氏
知久氏は諏訪氏と婚姻関係にあり、小林氏も諏訪氏との縁が深い。この系統は甲斐国へも広がっています。
●上総国長柄郡小林(千葉県茂原市)におこる桓武平氏国香流伊勢氏族の小林氏
●下総国印旛郡小林(千葉県印西町)におこる桓武平氏の小林氏
●下野国足利郡小林郷におこる清和源氏斯波氏流の小林氏
●相模国鎌倉郡小林郷(鎌倉市)におこる桓武平氏三浦氏流の小林氏
●越後国魚沼郡の弥彦神社神官の小林氏
●大和国吉野郡吉野村の丹生川上神社神官の小林氏
末裔は幕臣になっています。
社家神官に小林氏は多く見られます。

このように出自が多彩なだけに、使用家紋も多くあります。
主な使用家紋としては、「輪違紋」「片喰紋」「木瓜紋」「揚羽蝶紋」「蔦紋」「梶葉紋」などがあります。

加藤氏の由来と使用家紋
「加藤氏」は、全国軒数第10位の大姓です。
『都道府県別件数順位』をみると以下の通り、
   ※電子電話帳「写録宝夢巣 Ver.9.01」(日本ソフト販売)より
 北海道(11位)  青森(35位) 岩手(32位) 宮城 (14位) 秋田(8位)
 山形(8位) 福島(15位) 茨城(18位) 栃木(9位) 群馬(24位)
 埼玉(9位) 千葉(11位) 東京(9位) 神奈川(6位) 新潟(16位)
 富山(20位) 石川(29位) 福井(7位) 山梨(32位) 長野(48位)
 岐阜(1位) 静岡(9位) 愛知(2位) 三重(6位) 滋賀(34位) 京都(26位)
 大阪(34位) 兵庫(51位) 奈良(68位) 和歌山(93位) 鳥取(18位)
 島根(25位) 岡山(57位) 広島(33位) 山口(75位) 徳島(72位)
 香川(86位) 愛媛(23位) 高知(―) 福岡(63位) 佐賀(―)
 長崎(127位) 熊本(122位) 大分(22位) 宮崎(47位) 鹿児島(130)
 沖縄(―)
中部日本を代表する苗字です。東海・関東地方に多く、東北地方では秋田県・山形県にみえます。 なかでも岐阜県では第1位、愛知県では第2位と、東海地方で勢力を拡大したことを伺わせます。

 歴史上知られた武将といえば、加藤清正でしょう。
豊臣秀吉の子飼いの家臣と知られ、数々の武功を挙げた名将です。秀吉歿後、反石田三成の立場から徳川家康に付き「関ヶ原の戦い」で活躍、肥後国一国を与えられています。
その出自は、藤原北家道長流の藤原正家加賀国武者所に任じられ加藤氏を名乗り、その子孫が尾張国愛知郡中村に居住し、 加藤清信が斉藤道三に仕えたといいます。その孫が清正です。しかし実際のところは不明のようです。
 その他に近世大名となった加藤氏があります。一人は豊臣秀吉そして徳川家康に仕え、伊予国大洲藩主となった加藤貞泰です。 この加藤氏は藤原利仁流の藤原景道が加賀介となって加藤氏を称したとされ、その子孫加藤景泰が美濃国多芸郡へ移り、美濃斎藤氏に仕えたといわれています。
 もう一人は清正と同じく「賤ヶ岳七本槍」と称えられた加藤嘉明です。藤原利仁流の加藤景長が甲斐国へ移り、泰景の代に甲斐武田氏に仕えました。 その後、景俊は三河国へ移り松平家に仕えますが、朝明は一向一揆に加担し三河を離れたとあります。
しかし『寛政重修諸家譜』には「加藤朝明が松平清康に仕え、三河国加気郷を領して加藤を号す」とあります。

加藤氏の由来と家紋
加藤氏は藤原利仁流の藤原景道(通)が加賀介となり「加藤」を名乗ったように、一般的には「加賀の藤原氏」として知られています。
景道の子景清伊勢目代となって伊勢・志摩に基盤を築き、 そして美濃・尾張・三河さらには伊豆・遠江に一族は広まったといわれています。

上記以外に次の由来を持つ加藤氏もあります。
●下野国(栃木県)日光二荒社の社家大中臣姓の加藤氏
●武蔵国(埼玉県)におこる桓武平氏金子氏流の加藤氏
●甲斐国(山梨県)におこる清和源氏武田氏流の加藤氏
武田信縄の子信厚が加藤氏を名乗りました。
●近江国(滋賀県)におこる伊香姓布施氏流の加藤氏
●肥後国(熊本県)におこる菊池氏流の加藤氏
菊池能隆の子隆時が加藤氏を名乗りました。

主な使用家紋としては、「藤紋」「蛇目紋」「鷹羽紋」「桔梗紋」などがあります。

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